好きな駄菓子ランキング1位 ベビースターラーメン 2位 うまい棒 3位 都こんぶ

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グルメ 2016年9月9日

お菓子についてのアンケート・ランキング

「ポテトチップスの味、好きなのは?」「好きな駄菓子は?」「好きなお菓子メーカーは?」「帰省や訪問時など、お土産でもらったら嬉しいお菓子は?」など“お菓子”に関することをアンケート調査しました。
アンケート実施日時:2016年8月26日~2016年9月1日/有効回答数:3,103



レポート05 好きな駄菓子ランキング1位 ベビースターラーメン 2位 うまい棒 3位 都こんぶ

好きな駄菓子は?(複数回答可)

グラフ
編集部まとめ

好きな駄菓子についてアンケート!
総合ランキングでは
1位 「ベビースターラーメン」 23%
2位 「うまい棒」 20%
3位 「都こんぶ(酢こんぶ)」 19%
4位 「チロルチョコ」 19%
5位 「よっちゃんイカ」 12%
6位 「ポテトフライ」 11%
7位 「きなこ棒」 8%
8位 「キャベツ太郎」 7%
9位 「BIGカツ(ビッグカツ)」 6%
10位 「チョコバット」 5%
※同率の場合は、票数で順位づけ
でした。

1位はおやつカンパニーの「ベビースターラーメン」、もんじゃ焼きに具として入れるのが好き、ベビースターラーメンで作る卵とじが好き、などそのまま食べる以外にもおいしく食べられるのが人気の理由でしょうか。

2位はやおきんの「うまい棒」、大袋入り(30本入り)をUFOキャッチャーでとったり、パーティーで使ったり、とみんなで楽しく食べている人が多いようでした。

3位は中野物産の「都こんぶ(酢こんぶ)」、甘酸っぱくて美味しいという声のほか、子供のころ買ってもらって嬉しかったので、今でも見ると懐かしくなる、という声も寄せられました。


■「ベビースターラーメン」は50代に、「都こんぶ」は60代以上に人気

年代別のランキングでは
【30代以下】
1位 「うまい棒」43%
2位 「ベビースターラーメン」30%
3位 「チロルチョコ」26%
4位 「キャベツ太郎」20%
5位 「BIGカツ(ビッグカツ)」17%

【40代】
1位 「うまい棒」42%
2位 「ベビースターラーメン」39%
3位 「チロルチョコ」29%
4位 「キャベツ太郎」20%
5位 「よっちゃんイカ」16%

【50代】
1位 「ベビースターラーメン」34%
2位 「チロルチョコ」25%
3位 「うまい棒」17%
4位 「都こんぶ(酢こんぶ)」17%
5位 「よっちゃんイカ」14%

【60代以上】
1位 「都こんぶ(酢こんぶ)」24%
2位 「ポテトフライ」13%
3位 「きなこ棒」8%
4位 「うまい棒」8%
5位 「チロルチョコ」8%

「ベビースターラーメン」は60代以上では7位でしたが、50代で1位、30代以下と40代で2位となり、総合ランキングで1位。

総合ランキング2位の「うまい棒」は30代以下と40代で1位、50代と60代以上でもトップ5に入り、全年代に人気の駄菓子と言えそうです。

「都こんぶ(酢こんぶ)」は30代以下と40代ではトップ5に入らなかったものの、50代で4位、60代以上では1位と、上の世代から圧倒的な支持を集め、総合ランキングで3位に入りました。

1位は「ベビースターラーメン」でしたね~! 編集部では1位「うまい棒」予想だったので意外でした。でももんじゃ焼きのトッピングに…などそのまま食べる以外の楽しみ方をあげられてるのを見てすごく納得しました(´▽`人)

「調査団員の声」では、駄菓子にまつわる思い出を教えていただきましたのでご紹介します~♪
調査団編集部:マリカナ団長

調査団員の声
60代男性

今は昔…私が小学生にあがるころ(63~4年も前)駄菓子屋の店先に 砂糖きびが一節(竹と同じようだった)5円で売っていた。口で外の皮をむいて中身をかじるとジュワ-と甘い砂糖の味が口中に広がったものです。今では考えられないが、普段使いには紅茶などにはサッカリンを入れて飲んでおり、砂糖はお客様が来た時だけしか使えなかったので、駄菓子屋の砂糖きびの味が子供心に最高の甘さだった。 71才  兵庫県  既婚 男性

サトウキビ、駄菓子屋に売っていたんですね~! 私は昔、お土産でサトウキビをもらって食べたことがあるのですが、子供ながらになんでこんな草みたいな竹みたいなものの中がこんなに甘いんだろう…って不思議に思いました(´▽`)調査団編集部:マリカナ団長

60代男性

私の年齢は、60代前半、10歳未満の頃、いわゆる駄菓子屋全盛期でした。そこでよく「マンボウ」たるものを食べた記憶があります。得体のしれないものでした(笑)、チュウブを吸ってかじって甘い魅惑的な味がした記憶があります。 62才  愛知県  既婚 男性

「マンボウ」知らなかったので調べてみたら、同じく「マンボウ」って何ですか?っていう質問を見つけたのですが、どうやら「マンボ」らしい? です^▽^名前は知らなかったけど、コレ私も食べたことあります! 確かに、得体のしれないものですね(笑)調査団編集部:カワンヌ副団長

50代男性

子供の頃、近所の駄菓子屋で買った飴。20個ぐらいの色と大きさが違う飴には、糸が付いていて束ねてありました。大きいのを引きたかったのですが、いつも小さいものばかり。しかも、舌や口の中は真っ赤だったり、青だったりと飴の色。昔なのでどんな着色料を使っていたことやら。 57才  宮城県  既婚 男性

糸ひき飴~!! わ~、懐かしいです(*´∀`人) あの頃の駄菓子ってだいたいたくさんの着色料が入ってましたよね。でもあの舌の色が変わっちゃうのは子供ながらにおもしろかったな~。調査団編集部:マリカナ団長

40代男性

私の子供時代でも「駄菓子屋さん」はそれなりの密度でありました。いわゆる「タバコ屋さん」も含めると、当時の店舗数レベルとしてはいい数だったのではと思います。それでも扱っている種類数やくじ付きがあるかないかとかイートイン(インではないのですが…)かどうかなど、いいお店の噂を聞きつけると、遠くても道が険しくても自転車で駆けつけていました。駄菓子は単価は安価でも、子供にとってはやはり高価で、その中で自分で悩んで選んで計算しながら買う…というのは、いい経験であり、何より楽しかった。子供が感じられる、プチリアルな実社会。いい思い出です。 47才  東京都  未婚 男性

40代男性

小さい頃、うちから近いところにあった駄菓子屋に毎日のように通っていた。あの店で買うアイスは安かったが大好きだった。ある日風邪を引いて寝込んでいた時、母が「なんか食べたいものあるか」と尋ねてきたので「アイスクリーム」と答えると、高そうな(?)レディーボーデンを食わせてくれたが、自分の中のイメージしていたアイスはあの駄菓子屋に売っていたアイスだったので、正直がっかりした(苦笑)。母は「風邪をひいて寝込んでいるので高級なものを食わせてやろう」と思ってくれたに違いないが、親の心子知らずですね(笑)。 48才  埼玉県  未婚 男性

60代男性

家が食料品のお店を開いていたので、よく店番をさせられた。ついつい瓶に入っている駄菓子をつまみ食いするのだが、見つかってはいけないと、ビンを平等に開けて食べていたのだが、やはり見つかってしまった。バツとしてお小遣いなしの店番をさせられる羽目にになった。それでも盗み食いは、止められない。今でもちょっと古いタイプの駄菓子を見ると、母の渋い顔とともに甘酸っぱいものがこみ上げてくるのです。 72才  東京都  既婚 男性

50代男性

駄菓子屋デビューは幼稚園年長組の運動会のとき、友達に誘われて会場を抜け出して園の向かいにある文房具店と駄菓子屋を兼ねた店で、短めの割り箸の先にひょいとすくったようにくっついている水あめを5円で買ったのが最初でした。どきどきわくわくしました。店のおじさんは水あめの細工もやるようでしたが、そのすくっただけの水あめはなぜか「おなら」と呼ばれていて、子どもたちが注文しながら笑い転げていたのを思い出します。にしても5円で買えるお菓子があったんですよねえ。 51才  神奈川県  既婚 男性

40代女性

くじびきの一等のお菓子が欲しかったので、残ってたくじ全部を引こうとしたら、オバチャンに「やめなさい、他のことにお金を使いなさい」となぜか止められた。それでも欲しいから、と全部引いたら、当たりくじは入っておらず、オバチャンに一等がなぜ入っていない?と抗議したらバツの悪そうな顔でだまって一等のお菓子をくれた。現在でも一部のコンビニくじや福引きでみられるあの風習か、と大人になって思う。 42才  徳島県  既婚 女性

60代女性

昔の話。母が収入を得るため働きたくても昔なので父が許さず出来なかったが、ある日突然母がバタバタと動き始め何が出来るかと思ったら玄関の三和土に雨戸を置いて玄関戸を開けると、あっという間に駄菓子屋になった。朝、父はいつも通り出かけ、帰ってきて戸を開けたら駄菓子屋。びっくりして言葉もでない様子が今でも思い出し噴き出して笑いそう。さずがに父も何も言わずそのまま黙認で駄菓子屋になった。子供の私もいつも駄菓子があってご利益に預かった。 66才  東京都  未婚 女性

60代男性

子供のころ、紙芝居の親父さんから水あめを買い、それを2本の棒でこねて白く変色させ、一番白くした子に、もう一個水あめがもらえた。白くなると水あめは柔らかくなる。皆でこねあって、一斉におじさんの前に差し出した途端に、柔らかくなった水あめがポタリと落ちてしまった。親父さんはそれを見て、落ちたのが一番白くなってたといって私に水あめをくれた。嬉しかった思い出として今も心に残っています。 74才  東京都  既婚 男性

60代女性

ゴールドバーや¥50チョコ、ひも付きあめ ソフト<中身がマシュマロ風>子供が小さい時に親子ではまってしまい 近くの駄菓子屋に毎日通ってしまいました。子供が5歳ごろ私に黙って 一人で¥2000駄菓子を持ちかえりました。理由を聞くと¥2000も駄菓子をひいたら当りがどのくらい出るかためしたかったとか:それでなにか本人がみずから?納得し、ギャンブルにうまみがないと知ったようで^-^堅実な買い物をするようになりました 68才  宮城県  既婚 女性

60代男性

70年前の小学校1年生の時。初めてもらった村祭りの時の100円のこづかい。祭りをあての多くの出店には欲しい物がいっぱいあった。5円で高価なアイスキャンデーが買えた。駄菓子は1円から50銭。何でも買えた。お金のパワーを初めて知った。村祭りでも5発の花火が上がった。その時の情景を77歳になった今もはっきりと思い出すことができます。情景だけでなく家族や周りの人、家の前を通っていた近在の人も。100円札のショックと、自分のほしい駄菓子を自分で買える嬉しさとそれを彩る祭りの情景を。それに連れ家族や近所の人たちも含め思い出します。走馬燈ではない長い物語のDVDのように。 77才  岡山県  既婚 男性

50代女性

小さい頃は「あそこの道を超えちゃダメ、あっちの道を超えちゃダメ」と行動範囲を制限されていて、きちんとそれを守っていたので駄菓子屋へ入ったことがないです。弟は全く守っていなかったので、ちょくちょく駄菓子屋へ入っていたようですが未だにその駄菓子屋がどこだか知りません。駄菓子は、行動範囲内のお菓子屋さんで買っていました 51才  東京都  既婚 女性

60代女性

子供の頃たまに、紙芝居が来て、子供が集まったところでみずあめを買った子供は紙芝居を見ます。水飴が不衛生という理由で、紙芝居をみたことがありません。絵はもちろん見えず、声も聞こえないほど遠い所から見たことがありますが、水飴は特別の思いがあります。 70才  千葉県  既婚 女性

60代男性

昔々、母親にもらった10円玉を握りしめて駄菓子屋のおばちゃんのところに走っていきました。買いたかった森永のミルクキャラメルは20円で、2日に一度しか買うことができませんでした。早く、毎日食べることができるようになりたいと、そのことばかりを考えていました。 73才  東京都  既婚 男性

50代女性

うちはほかの家よりきびしいところがあり、チューペット(吸うタイプのアイスキャンディ)を食べさせてもらえませんでした。友達がみんな食べているのに食べられなかったことを50年経ったいまでも覚えているということは、よほど悲しかったのかなあ、と思います。 55才  東京都  既婚 女性

60代男性

チロルチョコが好みだった我が家の子供たち。Tシャツが当たる応募に熱烈なイラスト入りの応募はがきを送ったところ、締切も過ぎていないのに1週間後に2人分のTシャツが届きました。これには、家族中びっくりしました。メーカー殿が、子供たちの熱意に応じてくれて嬉しかったです。 63才  埼玉県  既婚 男性

50代女性

夫の単身赴任先の地方は、町全体でお祭りを盛り上げる習慣があり、お祭りの間は会社を開放して宴会をすると聞いたので、駄菓子問屋さんに行って、うまい棒全13種類×50本送りました。大量だったらしく驚いたみたいです。しかし、金額は送料込みで1万円未満でした 55才  東京都  既婚 女性

50代女性

子供の頃行っていた床屋では帰りに“あたりつきの10円ガム”をひとつ貰えたのですが店を出て開けたら“当たった”ので交換してもらい開けると、また“あたり”それが3~4回続いたので、他のお客さんに、“くじ運強い子だね”と言われました。大人になった今は…。あれで運を使い果たしたのでしょうか…。 51才  群馬県  既婚 女性

50代女性

子どものころ、都こんぶをお祭りで買ってもらいました。50年も前のことですが、ものとお金がない時代で、子供にとっては嬉しいことでした。都こんぶは今でもありますがそれほど買ったりしません。でも、見るたびに懐かしいと思います。 57才  長野県  未婚 女性

60代男性

子供の頃は戦前・戦中・戦後のまともに食べ物も無い時期、当然お菓子類にお目に掛かる機会は殆ど無かった。戦後暫くして巡回してくるポン菓子屋がとてつもなくおいしいお菓子を提供してくれたが、それも原料の生米を持って行かなければならず、見ているだけで自分が食べる機会は殆ど無かった。 79才  千葉県  既婚 男性

50代女性

45年前から大好きだった「ライスチョコ」が、最初は15センチぐらいの長さで10円だったのに、まず半分の長さになり、その後値段が倍になり、あまり買えなくなってしまった。甘いものが好きじゃなかった私が唯一「美味しい!」と思ったチョコでした。 52才  東京都  未婚 女性

40代女性

小学校のころ、遠足のおやつは200円まで。本当はそんなにお菓子など好きではないのに、200円で買えるだけ小さいガムやあめ、計算しながら友達と買うのがとても楽しかった記憶があります。あの頃は10円ガムとか5円があるよというチョコとか小さいものがたくさん。結局遠足で友達と交換するのがもっと楽しくて、食べた記憶が全然ありません。 41才  東京都  未婚 女性

50代女性

おこづかいを握りしめて駄菓子屋に行くワクワク感。いかにおこづかいの範囲内でたくさんの駄菓子屋を買うかでしたね。10円20円の駄菓子屋をいくつか買うか、大きいチョコレートに狙いを定めて買うか子供ながらに大きな駆け引きをしてました。 51才  大阪府  既婚 女性

60代男性

太平洋戦争後、数年は甘いもの(砂糖を使った菓子類)は私の地方で姿を消していた。甘味はズルチン、サッカリンといった化学薬品を使っていた。1950年頃「いもあめ」なる自然糖類の製品が出た。茶色でさつまいも風味の、たしかに糖分を含む感じだった。あまりおいしいとは思わなかったが、他に菓子類も無く、口の中を茶色にべたつかせながらしゃぶっていた。 76才  福岡県  既婚 男性

50代女性

家で駄菓子を買ってもらったことはないのですが、そろばん塾に行く前、自分の小遣いで麩菓子を買ったことがあります。その場では食べきれず、そっと家に持ち帰りました。見つけた母が、「そんな物が食べたいの?」と呆れていました。昭和の時代、子どもには栄養のある、ビスケットやプリンが一番と信じていたのでしょう。今では懐かしい思い出です。 56才  埼玉県  既婚 女性

60代女性

子供の口いっぱいになる飴が好きでした。大きなガラスの瓶に入っていて糸がついていて駄菓子屋さんにこの糸、というと糸の引いて飴を取り出してくれました。子供の目で、赤やピンクの飴が欲しくて一生懸命瓶の中をみて、この糸、と選んでも、たいていは違う青や紫の色でした。どれも大きくて甘い。今でも飴は赤、が一番と思います(笑) 65才  島根県  既婚 女性

60代男性

私が小学生のころ通っていた床屋は、グリコを一箱くれるのが楽しみだった。結婚して住む今の町では、息子たちが通った床屋は「うまい棒」をくれた。20年以上前のことだが、今でも全国の床屋さんでは、子どもたちに駄菓子が配られているのでしょう。 60才  東京都  既婚 男性

50代男性

昔々もっと昔。五円でくじ付きのガムがありました。父のお使いでたばこ屋にあったのですが、お駄賃で五円いただけるので、当然五円ガムを一個買う。くじを引く「当たり」もう一個もらう。くじを引く「当たり」…を15回繰り返すとさすがにたばこ屋のおばちゃんもあきれて一箱丸ごとくれた。思えばあの当たりをこの間の宝くじに取っておけば…良かったのに 56才  鹿児島県  既婚 男性

60代女性

我が家は子供の頃、母がうるさくて、買い食いというのをさせてもらえませんでした。10円を握りしめて、かわりだまという飴を駄菓子屋さんで10個、どきどきしながら買ったのが初めての経験です。一個一円でした。甘いお菓子はまず食べさせてもらえなくて、おかげて今でも虫歯はありません。おやつはお煎餅ばかりでした。 65才  大阪府  既婚 女性

40代男性

隣が駄菓子屋だったので良く通いました。はまったのが、1回10円の色付きの丸いガムと、帆船ガム、当たり付きアイスでした。色付きガムは、1等が直径50センチ位の巨大メンコで、友達と競争してガムの箱を空にしてしまったりで白熱しました。 45才  埼玉県  未婚 男性

40代女性

学校の遠足やお小遣いを貰った時に50円以下のお菓子を沢山買い、ウチに帰ると必ず、4歳下の弟2人に奪われていました。特に大好きだったマルカワの風船ガム(4粒入り10円/オレンジ味・ブドウ味・イチゴ味)は、最後の1つを誰が食べるか喧嘩もんかでした。(3人姉弟なので) 47才  静岡県  既婚 女性

30代女性

新宿のゲームセンターのUFOキャッチャーにうまい棒の大袋入り(30本入り)があって、たまたまとれたけど自分はそこまで食べないので当時彼氏だった現在の旦那にあげたところ大喜び。喜んだその姿が嬉しかったので、UFOキャッチャーの特訓をして毎月ペースでとってはあげていた。100円~300円程度の出費だったけど、調子が悪い時は買った方が安かったかも。 26才  神奈川県  既婚 女性

50代男性

小さい頃に食べた、「チョコ掛けの芋飴」。チョコは今より質の悪い準チョコだし、飴もクセのある味だったけど、安くて豪華に見えたのでよく食べた。今では信じられないだろうが、飴には作った人の指紋もはっきり見えた。リアル3丁目の夕日の頃、のどかな時代でしたね。 57才  東京都  未婚 男性

60代男性

故母親がかき餅(煎餅)が大好物で3度の食事代わりに食べたいと言うので、出先で名物の物を斗缶で3ッ自宅に送るも、空けたら輸送のミスで全部粉々に割れて居た。ドンぶりに入れてスプーンで食べてる姿を見て落ち込んだ! 76才  東京都  既婚 男性

50代女性

昔は駄菓子屋さんがあちこちにあって、あっちのお店ではアレを買い、こっちのお店ではコレを買う…ってしてました。今みたいに消費税もなく小さい子も10円20円と数えながら買い物をしてました。ここで数の数え方やお店屋さんのルールみたいな物を学びましたね。誰かお姉さんお兄さんがいて順番に並ばせたりおばさんのお手伝いをしたり…と今思うと緩い時代でした。 50才  愛知県  既婚 女性

50代男性

駄菓子屋に売られていた「よっちゃんイカ」を見たときに、子供心に「どんな味がするんだろう」なんて思いながらも長い間食べることが出来ずにいました。初めて口にしたときには「これ美味しい!」って期待通りの味に嬉しかった思い出があります。 52才  長野県  既婚 男性

60代男性

むかし、お菓子に入っていたカード(白雪姫と小人)を揃えると野球のグローブを貰えることがあったがこれを揃えて貰ったことがあった。揃えている途中からカードが入っている箱の文字の色が他のものとは微妙に差があることを発見し当たりを早めたのを子供ながら喜んだのをいまだに覚えています。いい思い出です。 77才  静岡県  既婚 男性

60代男性

両親が厳格で、駄菓子・スナック菓子は、絶対食べさせてもらえなかった。その替わり、煎餅には寛容だった。油脂・砂糖・添加物等が少なく、なにより、両親の崇拝する「お米」が主原料だからというわけか。しかし、その結末は、我人生後半に、重く圧し掛かった。糖尿病を言う重石。糖質低減に頑張っています。 65才  東京都  既婚 男性

60代男性

70年以上前になりますが、私の子供の頃は「ニッキ」(シナモン)という名で、赤い紙で巻いたにっきの皮が駄菓子屋さんで売ってました。私の好物だったので、こっそり買って食べてましたが、母親からは食品衛生上よくないので、食べないよう言われてましたが、私は大好きでした。 81才  千葉県  既婚 男性

50代男性

近所の駄菓子屋で大きなガラス容器に入れられていてカップ一杯5円ぐらいの量り売りだったカレー味のスナック菓子とか、くじを引いて当たりが上位ほど貰える麩菓子の大きさがデカくなる奴とか、今考えると賞味期限など衛生上問題があったような気もします。まあ当時は大好きだったしお腹壊した記憶もないのですが。 53才  神奈川県  未婚 男性

40代男性

遠足のおやつは300円まで。の300円で遠足のおやつをどれだけ沢山手にいれられるか、友達と駄菓子屋さんで競った遠足前の日が懐かしいです。駄菓子屋さんでの300円は、破壊力抜群で、毎度、お弁当の時間では食べきれずもって帰っていました。あの駄菓子屋さん「クリーニング屋さん」は、まだあるのかな~? 40才  北海道  既婚 男性

50代男性

生家が、近所の大人たちから「飴屋さん」と呼ばれていた。かつて飴を作って売っていたらしいが、ものごころついたころは駄菓子屋になっていた。駄菓子に囲まれた子供時代だった。「ニッキ紙」や「はったい粉」などの古~い駄菓子が懐かしい。 59才  埼玉県  既婚 男性

60代女性

徳用ガラス瓶にたくさん入っている『大きくて柔らかいラムネ菓子』が大好きだったのですが、子供には値段が高くて自分では買えませんでした。社会人になってから、レトロブームで駄菓子屋さんがあちこちの繁華街にできたおかげで、徳用ガラス瓶入りラムネ菓子を購入することができました。大人が食べても変わらぬ味で嬉しかった。 60才  大阪府  未婚 女性

40代男性

昭和50年代の前半の未就学児時代、週に2回50円もらって駄菓子屋に行き量りで売ってるカレー風味のあられを買うのが楽しみでした。1カップ20円を2カップ買い残り10円でくじ付きガムを買うのですが、たまに他の子にばれないようにおばちゃんが1カップ多く入れてくれるときがありそれがたまらなくうれしかったです。 43才  青森県  既婚 男性

60代男性

子供の頃、近所の駄菓子屋で抽選つきのガムを売っており、その場で包み紙をはがし当たりが出るともう一個貰え、さらに当たるとまた貰え、楽しみで良く買った。包み紙が赤い物が当たりが多く、随分儲かったが、友達には秘密にしていた。 65才  長野県  既婚 男性

60代男性

私の部屋にある18リットルの缶に「かきの種」と「ベビースターラーメン」と「ポテトチップ」がたっぷり入っております。孫はおやつとして私はビールの「つまみ」として毎日のようにポリポリかじっております。5年前にスーパーの抽選で100袋のポテトチップをいただいたのがきっかけで この習慣が始まりました。 74才  広島県  既婚 男性

50代女性

小学生時代 珠算塾の通学中に ふ菓子・さくらんぼ餅・ガム などの駄菓子を購入。いわゆる「買い食い」ができる唯一の時間だったので、とても印象に残っています。 また、 もう少し小さいころ、大好きなポテトチップを お菓子屋さんで 「量り売り」 で買い、「ビニール袋に入れてもらった」記憶だけ 残っています。 51才  東京都  既婚 女性

40代女性

名前も知らないが、いちごのような形の飴が凧糸の先に付いているもの、きなこ飴(きなこ棒と同じ?)と言う、割り箸に平たい餅のような物が付いていて、きな粉がかかっている飴が、小学生の頃人気でよく食べられていた。食べられていたと言うのは、自分はどちらも好きじゃなく、ただ「当たり」があるくじが面白くて、幾つも買ってはあまり食べず、近所の子供にあげていた。 47才  東京都  未婚 女性

40代男性

私は幼少期に、他の友人より持ってる金銭が少なくて、お菓子が買えなかった。大人になってから他の友人よりも給料が3倍ほど増えて、毎日、お菓子を食べられるようになった。その反動と副作用で、幼少期に痩せてた私は、現在、肥満体になった。 49才  香川県  未婚 男性

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ヨシダ元主任分析官 ナベカヅ元情報分析官 ヨーダ元心理分析官